長野県最南端の秘湯と秘境の里・山と渓谷に囲まれた里山がここにあります−信州遠山郷

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遠山霜月祭り

遠山郷と霜月まつり

国重要無形文化財

 赤石山地西麓を走る中央構造線に沿って連なる細長いV 字状の峡谷、ここが霜月まつりを伝えている遠山郷です。
遠山郷は西に伊那山脈、東に赤石山脈、それぞれの崩壊土壌によって農耕地が形成され、集落はそれらの斜面や河川の流域に点在しています。
こうした環境と生活の厳しさが、厚い信仰を育み素朴で優雅な霜月まつりを現在に伝える風土をつくりました。

 遠山郷は古来、信濃国伊那郡江儀遠山の庄と言われ、歴史のなかで最初に顔を出すのは、文治二年(1186)に編まれた「吾妻鏡」においてです。
南アルプスの山々に雪が白くかかる頃、祭り笛が谷を流れます。里人が待ちわびた年一回の神と人間の出会いの夜です。
煮えたぎる神々の湯を浴びて、里人たちは身を清め、春まく種も稔り豊かに、平和で豊かな里であることを祈願するのです。

遠山郷 霜月祭りの写真

遠山の霜月まつり縁起

遠山郷 霜月まつりの写真

 遠山の里に古くから伝わる「霜月まつり」は、両部神道による湯立祭りで、清和天皇の貞観年中(859〜876)に宮廷で行われていた祭事を模した湯立が、ほぼ原形のままで伝承されていると言われています。

 この祭りが文献に現れたのは、江戸後期の国学者、本居宣長の「玉勝間」(文化九年刊)です。祭事の移入についても諸説があり、必ずしも明確ではありません。
霜月まつりは、伊勢神宮の内宮の湯立の系統をひくもので、おそらく伊勢方面から伝来した神楽に、元和年間にこの地で滅びた遠山土佐守一族の霊を鎮める鎮魂の儀式が後から加えられた、という見方を研究者たちはしています。
いずれにしても遠山の霜月まつりは、古い伝統と古式豊かな祭事であり、昭和54年2 月3日、文化庁の重要無形民俗文化財に指定されました。

霜月まつりの様式

遠山郷 霜月祭りの写真

遠山の霜月まつりは、使用される面の構成から、南信濃村で2タイプ、上村で2タイプ、合計大きく分けて四つのタイプに分けられます。 >> 詳しくは「霜月まつりの様式」

タイプ 地区名
木沢タイプ 南信濃村/木沢・小道木・上島・須沢・八日市場・中立
和田タイプ 南信濃村/和田・尾野島・大町
上町タイプ 上村/上町・中郷・程野
下栗タイプ 上村/下栗

『千尋』の発想の原点

〜宮崎駿監督が感銘をうけた神を迎える祭り〜

ロマンアルバム[徳間書店]千と千尋の神隠し

 「千と千尋の神隠し」の舞台となる不思議の町に建つ油屋という湯治場には、人間たちだけでなく、人間たちの信仰する八百万の神々が訪れる。
神も疲れて湯治にやって来るという人間くささが面白い。

 ところで、神々が湯治に訪れるというこのアイディアにはモデルとなった祭りがあるのだという、長野県南部の天竜川流域、南信濃村と天龍村に伝わる霜月祭(地域によっては違う名称で呼ばれる)がそれで、宮崎駿監督はテレビでこの祭りの存在を知って強い影響を受けたのだそうだ…。
(ロマンアルバムより)取材・写真・文/水民玉繭


ロマンアルバム[徳間書店]千と千尋の神隠し 2001年9月10日発行 P.128〜129に遠山郷が紹介されています。
>>霜月まつりと「千と千尋」についてもっと詳しく