反閇の起源は禹歩という道教の呪術で、北斗信仰と密接な関わりがあります。たとえば禹歩の一種である「返閉局法」
(※注1)
では、占いの結果吉方や吉時がない場合は北斗七星を地面に描き、その星をひとつひとつ踏むことによって天帝と一体化し、不吉な状況を反転させました。
こうした中国の呪術が日本の陰陽道に取り入れられ、修験道を介して湯立神楽に取り入れられました。霜月祭における反閇は、それを行うことによって大地の邪霊を追い立て、人々を祝福する意味を持つと考えられています。
八重河内に伝わる霜月祭の古文書によれば、水の王、火の王は八芒星の軌跡を描くように湯釜の周りを踏んでいました。木沢の霜月祭では、こんな神楽歌もうたわれています。
霜月祭と星の信仰
飯田市南信濃の和田や八重河内の霜月祭では、面をつけた「水の王」「火の王」などが、「六方」という独特のステップを踏みながら釡の四方を巡ります。このように大地を踏み締める所作は、一般的に「反閇」と呼ばれる陰陽道の呪法のひとつで、霜月祭ばかりでなく新野の雪祭りや愛知の花祭などにも見られます。
六方を踏む水の王星を踏む神々
それきこしめせ ヤンヤーハーハ
霜月祭のステップ (原図:桜井弘人氏 後掲書)
小嵐展望公園にて(2003.10.26)天白様と星
遠山の人たちにとってなじみ深い神様のひとつに、天白様があります。木沢タイプや上村の霜月祭りに登場するほか、村内各地の社に祭られているこの神もまた、星と密接な関わりがあるのです。
天白神は天竜川流域や伊勢地方に多く分布し、天白神社の祭神は瀬織津姫であるとする神社が多いのですが、この瀬織津姫は水と機織の神、すなわち七夕伝説の織姫=こと座のベガのことです。
伊勢神宮には、天白が星の神であることを如実に表す「てんはくのうた」という神楽歌が伝わっています。
いや天白御前の遊びをば
いや雲をわけて遊ぶなり
いや星の次第の神なれば
いや月の輪にこそ舞い給え
いや紫の八重雲わけて下り給う
いや天白御前に遊び参らん
天白様遠山地方では、天白様は天狗の神様であるとされ、親しまれている一方で祟りやすい、恐ろしい神であるともいわれています。織姫様と天狗様ではまったく無関係のように思えますが、実はこの「天狗」もまた星と縁が深いのです。 天狗という言葉が日本の歴史にはじめて登場するのは『日本書紀』の舒明(じょめい)天皇の条です。
九年の春二月の丙辰の朔にして戊寅に、大星、東より西に流る。便ち音ありて雷に似たり。時人の曰く、「流星の音なり」といふ。亦曰く、「地雷なり」といふ。是に僧旻僧(そうみんほふし)の曰く、「流星に非ず。是天狗(あまつきつね)なり。其の吠ゆる声、雷に似れるのみ」といふ。
(『日本書紀』巻二十三)
つまり舒明天皇在位九年の旧暦二月(西暦637年3月24日)に、大きな星が東から西に流れ、雷に似た音がしたのを僧旻という法師が 「あれは流星ではなく天狗(アマツキツネ)というものだ」 と言ったのが、日本史における天狗の初見なのです (※注2) 。
ここで、こと座と流星の関係についてみてみましょう。毎年定期的に出現する流星群の一つに、「こと座流星群」があります。
毎年4月23日前後をピークとし、多い場合には一時間に十個近くの流星が、こと座の方角から地球に飛来するのが見られるのです。
日本書紀の「天狗」が空に現れたのは3月24日ですから、現在のこと座流星群のピークとは日付が一ヶ月ずれています。
しかし、こと座はこの季節に深夜 11時頃から東の空に昇りますから、それが深夜の出来事だとすれば、「東から西に走った」天狗とは、こと座の方角から飛来した流星であることになります。
宇宙から飛来した「天狗」は、『日本書紀』の記述だけにとどまりません。たとえば牛若丸に剣術を教えたことで有名な鞍馬山の天狗は、その本名を「護法魔王尊」といい、なんと六五〇万年前に金星から飛来したという宇宙的なスケールの神様です。
鞍馬寺魔王殿(京都市)遠山の夜空を見上げながら、そんな幻想に浸るのも風流ではないでしょうか。
飯田市南信濃山原にて(2003.10.26) |
|
サイトマップ |









