遠山の人たちにとってなじみ深い神様のひとつに、天白様があります。木沢タイプや上村の霜月祭りに登場するほか、村内各地の社に祭られているこの神もまた、星と密接な関わりがあるのです。
天白神は天竜川流域や伊勢地方に多く分布し、天白神社の祭神は瀬織津姫であるとする神社が多いのですが、この瀬織津姫は水と機織の神、すなわち七夕伝説の織姫=こと座のベガのことです。
伊勢神宮には、天白が星の神であることを如実に表す「てんはくのうた」という神楽歌が伝わっています。
いや天白御前の遊びをば
いや雲をわけて遊ぶなり
いや星の次第の神なれば
いや月の輪にこそ舞い給え
いや紫の八重雲わけて下り給う
いや天白御前に遊び参らん
遠山地方では、天白様は天狗の神様であるとされ、親しまれている一方で祟りやすい、恐ろしい神であるともいわれています。織姫様と天狗様ではまったく無関係のように思えますが、実はこの「天狗」もまた星と縁が深いのです。
天狗という言葉が日本の歴史にはじめて登場するのは『日本書紀』の舒明(じょめい)天皇の条です。
九年の春二月の丙辰の朔にして戊寅に、大星、東より西に流る。便ち音ありて雷に似たり。時人の曰く、「流星の音なり」といふ。亦曰く、「地雷なり」といふ。是に僧旻僧(そうみんほふし)の曰く、「流星に非ず。是天狗(あまつきつね)なり。其の吠ゆる声、雷に似れるのみ」といふ。
(『日本書紀』巻二十三)
つまり舒明天皇在位九年の旧暦二月(西暦637年3月24日)に、大きな星が東から西に流れ、雷に似た音がしたのを僧旻という法師が
「あれは流星ではなく天狗(アマツキツネ)というものだ」
と言ったのが、日本史における天狗の初見なのです
(※注2)
。
ここで、こと座と流星の関係についてみてみましょう。毎年定期的に出現する流星群の一つに、「こと座流星群」があります。
毎年4月23日前後をピークとし、多い場合には一時間に十個近くの流星が、こと座の方角から地球に飛来するのが見られるのです。
日本書紀の「天狗」が空に現れたのは3月24日ですから、現在のこと座流星群のピークとは日付が一ヶ月ずれています。
しかし、こと座はこの季節に深夜 11時頃から東の空に昇りますから、それが深夜の出来事だとすれば、「東から西に走った」天狗とは、こと座の方角から飛来した流星であることになります。
宇宙から飛来した「天狗」は、『日本書紀』の記述だけにとどまりません。たとえば牛若丸に剣術を教えたことで有名な鞍馬山の天狗は、その本名を「護法魔王尊」といい、なんと六五〇万年前に金星から飛来したという宇宙的なスケールの神様です。
こうしたことを考えていくと、二万〜三万年前の南アルプスにクレーターを作った流星も、もしかしたらこと座から飛来した天狗、すなわち「天白様」だったのかもしれません。
遠山の夜空を見上げながら、そんな幻想に浸るのも風流ではないでしょうか。