和田城址
和田城址(高平館址から) 遠山景広が築き、その後景直、景重の三代の居城となりました。
盛平山麓の台地とその下の平坦部をふくめて築造した平山城で、かつては遠山川が真下を流れており、天然の要害となっていました。
遠山氏没落後は、尾の島にあった遠山氏の菩提寺を城跡に移して龍淵寺と名づけました。
城址の一部は開墾され、また和田郷土館も建てられているため往時の痕跡は少なく、堀切などもありません。
享保3年(1718)7月の大地震で盛平山の一角が崩れたために、遠山川の流れも当時とは大きく変わっています。
龍淵寺の建つ場所が本丸、その北西の観音堂が建っているところが出丸です。
和田城背後の盛平山山頂にはオハチと呼ばれる平地があり、遠山氏の物見台があったと伝えられています。
現在の和田の町並が城下町です。尾屋敷、殿町、桜門前、的場などの地名が今も残されており、和田城との関わりを想像させます。
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和田城址(高平館址から)
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